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拓麻呂です。
紫式部の超大作『源氏物語』。
千年の時を超えて現在まで読み継がれている源氏物語は、何がキッカケで人気が爆発したのでしょうか?
源氏物語が書かれた歴史的背景を眺めつつ、人気の理由を紐解いてみたいと思います。
人気爆発!紫式部の源氏物語
源氏物語執筆の背景
紫式部が源氏物語を書き始めた動機は、夫が亡くなった悲しみを紛らわす為だったと言われています。
また、紫式部自身、物語を書くことに楽しみを感じていた節もあります。
この辺の詳細は、コチラをご覧ください。

最初は読切作品のような感じで、一話書き終えるたび、知人などに見せていたようです。
その内に世間に広まって行き、その評判は宮廷まで聞こえるようになっていきました。
実は、紫式部が宮廷で働くようになる理由は、源氏物語の評判があったからです。
源氏物語の評判を聞きつけた時の権力者『藤原道長』の要請があり、紫式部は宮廷に引っ張り出されたわけです。
この時の経緯に関する詳細は、コチラをご覧ください。

スポンサーが付いた源氏物語
源氏物語が書かれた時代は平安時代の中頃です。
この時代、紙はたいへん貴重なものでした。
現在のように、手軽に入手できるものではなかったのです。
しかし、紙が無ければ源氏物語を書き続けることが出来ません。
つまり、源氏物語を書くための貴重な紙を提供できる環境があったということです。
その環境を提供していた人物こそ、紫式部を宮廷出仕させた『藤原道長』です。
源氏物語が千年読み継がれる大作になった背景には、藤原道長の力添えがあったのです。
現代風に言うと、藤原道長がスポンサーに付いていたことになります。
藤原道長には『彰子(しょうし)』という娘がいました。
彰子は、この時代の天皇である『一条天皇』の奥さんです。
なんですが、一条天皇には『定子(ていし)』という奥さんが既に存在していました。
そんな一条天皇に、道長が自身の権威を高めるため、彰子を強引に嫁がせました。
なので一条天皇には2人の奥さんがいたことになります。
ですが、一条天皇は定子を愛し、彰子には見向きもしませんでした。
ちなみに定子は一条天皇より年上の大人の女。
一方、彰子はまだ12歳。
一条天皇が定子を愛するのも無理はありませんでした。
そのような状況の中で定子は若くして亡くなってしまいますが、一条天皇の定子に対する想いは変わりませんでした。
藤原道長にしてみれば、自身の娘である彰子を一条天皇に愛してもらいたい。
そこで源氏物語を書いていた紫式部に白羽の矢が立つわけです。
源氏物語と言う評判の物語を書く紫式部が彰子に仕えることで、自身にとっても彰子にとっても、大きな箔付けになります。
また、紫式部が彰子に仕えることで、源氏物語の評判を耳にした一条天皇が彰子に興味を持ってくれるかもしれない。
そんな思惑が錯綜していました。
ちょっと嫌な言い方をすると、源氏物語は政治の道具にされたことになります。
一条天皇にも認められた源氏物語
紫式部が宮廷に出仕してからも、源氏物語を書き続けました。
その背景には藤原道長というスポンサーがありました。
そして、彰子も源氏物語を読んでいたようです。
彰子は源氏物語を気に入り、続きを書いて欲しがっていたことが、紫式部の日記に書かれています。
そんなこんなで、どんどん続きを書いていった源氏物語ですが、ついに一条天皇も興味を持ち始めます。
一条天皇と彰子。
日本のトップに君臨する天皇夫妻も読んでいる源氏物語は、立派な装飾が成され、大々的に世に出ていくことになりました。
そして、源氏物語を媒介とし、一条天皇と彰子は仲を深めていきました。
最初は紫式部が夫を亡くした悲しみで紛らわすため、好きで書いていた源氏物語。
そんな源氏物語は評判となり、藤原道長の後ろ盾を得て、書き続けられました。
さらには彰子の要請もあって、どんどん続きを書いていきました。
その結果、日本のトップである一条天皇さえも愛読しているという事実が出来上がりました。
こういった時代背景の元、源氏物語は人気作品となっていったのです。
紫式部、藤原道長、彰子、一条天皇。
もしかしたら、この4人が同時代に揃わなければ、源氏物語は歴史の表舞台には登場しなかったかもしれません。
そう考えると、奇跡的なことだとも思いますし、紫式部と源氏物語を引っ張り上げた藤原道長の功績は大きいのかもしれません。
道長がいなかったら、源氏物語は日の目を見ることなく、日本が世界に誇る文学作品にはならなかったかもしれません。
僕自身、藤原道長は権力亡者であまり良い印象を持っていません。
一方、結果論ではありますが、源氏物語を引っ張り上げた事実だけは見事だったと思っています。
例えそれが、自身の権威を高める目的だったとは言え・・・。
まとめ
以上、源氏物語が人気になった歴史的背景でした。
藤原道長の思惑があったとはいえ、源氏物語が人気になったことは結果的に良かったと思います。
道長の思惑が無ければ、源氏物語が千年も読み継がれるベストセラーにはならなかったかもしれませんし。
なお、源氏物語が千年読まれ続けている理由は、コチラをご覧ください。

言ってみれば、源氏物語は藤原道長の栄華の象徴でもあります。
そんな栄華の背景にあったもの。
実はそれが、定子の没落であり、定子の栄華を後世に残したものが、清少納言の『枕草子』です。
藤原道長の栄華の背景、源氏物語が書かれた背景。
それらを理解した上で枕草子を見ると、清少納言が枕草子に込めた本当の想いが見えてきますよ。

では、今回はこの辺で!
ありがとうございました。