頓智を利かせた発想で、いろんな難局を乗り越えるお話『一休さん』。テレビアニメになったこともあり、可愛らしい坊主頭の少年を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?
そんな一休さんは実在した人物で、その肖像画も残っています。
その肖像画を見てみるとアニメとはイメージが全然違っていて、ちょっとショックを感じます。
この記事では、現在の僕たちが想像する一休さんとは、かけ離れた本当の一休さんの姿をご覧いただきます。
一休さんのモデル『一休宗純』
一休さんは、室町時代に実在した僧侶『一休宗純(いっきゅうそうじゅん)』という人物がモデルになっています。一休宗純が活躍したのは室町時代、だいたい600年前くらいの人物です。
現在の一休さんってアニメの影響のあり、可愛らしい丸米坊主の男の子っていうイメージが一般的かと思います。なんですが、肖像画を見るとそのイメージが一変します。
まぁ、アニメの一休さんは子供ですが、残っている肖像画は完全にオッサンなので、子供と大人の差があるのは事実ですが・・・。それにしても、イメージが全然違います。
では、一休さんの顔をご覧いただきます。
これが、一休さんのモデルになった『一休宗純』という僧侶の肖像画です。
どうでしょうか?あまりにも印象が違いすぎて、ちょっとショックです。
一休さんは、なぜ頓智が得意なのか?
昔話の一休さんは、様々な頓智で無理難題を切り抜けていきます。橋を渡るなとなれば、橋の端を歩いたり、屏風の虎を捕まえろと言われれば、虎を屏風から出してくれとお願いしたり。
これらのお話自体は、実話ではなく創作です。
実在の一休宗純には様々な奇行が伝わっています。
例えば、僧侶の身でありながら仏教で禁じられている飲酒をしたり獣の肉を食べたり。阿弥陀如来像を枕にして昼寝をしたり。手にしていた杖の先はドクロの彫刻がしつらえてあったり。また、同時代の人物で時の将軍『足利義政』と、その妻『日野富子』を批判したり。
(なお、アニメの一休さんには、金閣寺を建立した足利義満が登場しますが、史実の一休宗純と足利義満は生きた時代が違います。一休宗純が生まれた時には、義満はすでに晩年です。)
こういった奇行が一般民衆にウケたようで、江戸時代になって『頓智の得意な一休さん』という物語が生み出されたと言われています。
なお、一休さんの頓智話の作者は分かっていません。
そんな一休宗純ですが、最後はマラリアに感染して亡くなったそうです。しかしながら、当時としてはかなり長命で87歳まで生きました。
一さんのまとめ
以上、実在の一休さんについてでした。
一休さんは、約600年前のお話とは言え、日本で伝承されている昔話の中では、かなり新しい部類です。
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【金太郎は実在の人物だった】
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