戦国時代ランキング!運の悪い不遇な戦国武将ベスト3

ご来訪ありがとうございます。

拓麻呂です。

日本全国が戦乱の世となった戦国時代。

中央政府が機能しなくなった為、この時代には全国各地で魅力的な人物が誕生し、多くの人物が戦場に散っていきました。

今回は、そんな戦国時代を駆け抜けた武将たちの中でも、特に運が悪かった武将をランキングにしてみたいと思います。

※今回ご紹介するランキングは個人的な見解になります。ご了承ください。

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戦国時代ランキング!運の悪かった戦国武将ベスト3

3位 黒田官兵衛

3位は豊臣秀吉に天下を取らせた天才軍師『黒田官兵衛』です。

人気も高く、強い武将というイメージの強い官兵衛ですが、要所要所でなかなかの不運に見舞われています。

まずは、信長が快進撃を続ける中で発生した『荒木村重』の謀反。

さらに、村重に呼応して官兵衛の主君にあたる『小寺政職』も謀反の兆候を見せました。

焦った官兵衛は信長への誠意を見せる為、村重を諭そうと有岡城に赴きますが、逆に捕縛され牢にぶち込まれます。

獄中は衛生環境も劣悪で、非常に狭い空間だったため、満足に動くことすらままなりません。

最終的には救出されますが、約1年の幽閉生活により、官兵衛は足が不自由になり、歩行時には足を引きずるようになってしまいます。

なお、官兵衛は頭巾をかぶった肖像画が有名ですが、これも幽閉中に患った腫物があったため、それを隠す為だったと言われています。

また、一説には関ヶ原の戦いの際、官兵衛は天下取りの野望を見せたと言われています。

関ヶ原で西軍、東軍主力が激突している間に九州を席捲し、その兵力をもって中央に攻め上がるという計画でした。

ですが、関ヶ原の戦いは、わずか1日で終わってしまった為、神官兵衛の野望は実現することなく水泡に帰しました。

※なお、この官兵衛野望説は、個人的に史実では無いと思ってます。

このように、官兵衛は勝負所で行動が裏目に出ることが多かった武将でもあります。

小早川隆景にも『あなたは頭が良すぎるので熟慮が足りない・・・』というようなことを言われています・・・。

2位 武田信玄

2位は戦国時代の超有名人『武田信玄』です。

意外に思われるかもしれませんが、信玄は生まれた土地柄が、物凄く不運です。

個人的に、信玄自身は天下に号令するだけの実力があった、戦国屈指の大名だったと思っています。

しかし、彼の生まれた甲斐国(かいのくに、現在の山梨県)周辺は、当時の超大物たちが割拠してた場所です。

まず思い浮かぶのは、越後の龍『上杉謙信』

続いて、相模の獅子『北条氏康』

さらに、海道一の弓取り『今川義元』

そんな大物たちと凌ぎを削らざるをえなかったのが、甲斐の虎『武田信玄』

よくぞ同じ時期に、これだけの大物が密集していたなと思ってしまう面々。

北条や今川とは同盟を結ぶなどして(甲相駿三国同盟)上杉謙信に対抗したりしていましたが、彼らとの雌雄を決するには時間が足りませんでした。

信玄は天下に号令をかける為、ようやく京都に向かいましたが、残念ながら寿命が尽きました。

強豪に囲まれ、なおかつ京都まで距離のある甲斐に生まれた信玄は、戦国屈指の実力者でありながらも、地方大名のままで生涯を終えてしまいました。

1位 今川義元

1位はこの人『今川義元』です。

義元と言えば、桶狭間の戦いでは、圧倒的に兵力を有していたにも関わらず、織田信長の奇襲により討ち取られてしまった負け犬というイメージが強いかと思います。

このたった1度のミスが、今川家の衰退を招いたた為、義元は後世にまで妙なイメージが定着してしまいました・・。

ですが、義元は壮絶な家督争い(花倉の乱)を制し、今川家の当主となり、駿河、遠江、三河の三国を支配した大大名です。

太原雪斎(たいげん せっさい)という有能な右腕をも従わせ、武田信玄や北条氏康とも互角に渡り合った名将です。

桶狭間の敗戦と言うのは、いわば交通事故のようなものであり、義元が無能だったから討ち取られた訳ではありません。

義元が無能だったから討ち取られたのであれば、本能寺において無防備な状態で明智光秀に討たれた織田信長の方が、はるかに無能です。

また、義元は公家風の衣装を身にまとい、でっぷりと太った容姿で描かれることも多いですが、あれも後世の人々が勝手に悪いイメージを持っているにすぎません。

今川家は足利将軍家に近い家柄であったため、公家風な容姿をしていたのは事実と思われますが、当時の公家文化とは権威を示すものであり、今川家の象徴でもありました。

戦国時代は、朝廷権威や幕府の力が失墜していたかのようなイメージですが、義元あたりの時期は、まだまだ朝廷権威は健在で、戦国武将たちの正当性を示す、あるいは権威を象徴するものとして存在しています。

桶狭間での敗戦という、たった1度のミスにより、後世にまでダメ武将のイメージを持たれている今川義元こそ、戦国一の不運な武将と言えるのではないでしょうか?

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まとめ

以上、運の悪い戦国武将ベスト3でした。

1位 今川義元

2位 武田信玄

3位 黒田官兵衛

きっと戦国ファンそれぞれの想いもあることと思います。

『運の悪い戦国武将』

あなたは、誰を選びますか?

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では、今回はこの辺で!

ありがとうございました。


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