あなたは、自分のやっている仕事、家族や友人への気遣いなどで、ふとこう感じたことはありませんか?
自分の仕事に価値はあるのかな?
こんなことやっていて意味あるのかな?
今から約1000年前の平安時代、ある女性によって書かれた『更級日記(さらしなにっき)』。作者は「菅原孝標女(すがわらの たかすえのむすめ)」といいます。
作者の女性は、子供の頃から源氏物語に憧れ、父親の反対に合いながらも、ついには源氏物語の舞台である 宮廷で働くことになりました。
しかし、憧れの舞台に上がった彼女を待ち受けていたも・・・。それは、現実と憧れの間に立ちふさがった大きな隔たりでした。
その時に彼女が感じた虚無感「自分の人生はなんてつまらないものだったんだろう・・・」。でも、「そう感じているのは自分だけで、周囲の人から見ればとても素敵で魅力的に映っている」というのは、よくあるケースです。
更級日記の作者 菅原孝標女の人生は、本当につまらないものだったのか?本人が日記の中で語っているような後悔すべき人生だったのか?この記事では更級日記の内容から、「自身では気付けない魅力」についてお伝えしていきます。
なお、コチラの記事からご覧になると内容が繋がっているので、より理解が深まります。(本記事のみを読んで頂いても問題はありません)

つまらない人生・・・
菅原孝標女が宮仕えを始めてからたいして時も経たぬうちに (おそらく1年未満)、 思いもよらぬことが起こりました。親が結婚を決めてしまい 宮廷出仕を辞めることになってしまったのです。
こうして、せっかく掴みかけた将来の夢を 諦めることになってしまいました。
「現実なんで所詮こんなもの」
「源氏物語なんて所詮創作にすぎない」
実家に連れ戻された彼女は、 次第に卑屈になっていきました。しかし、本心ではまだ諦めがつきません。
そんなある日・・・ 彼女の姪に、宮廷出仕の要請がありました。彼女はこの機に乗じ、 姪にくっついて行って、パートタイムのような形で宮仕えをしていました。
そんな中、彼女は一人の男性貴族に恋をします。この恋の先に彼女が想い描いたものこそ、 まさしく源氏物語の世界でした。
しかし、彼女は既婚の身。しかもパートタイムなので毎日宮廷に行ける訳ではありません。意中の男性貴族と出会ってからたいして進展しないまま、約2年の月日が流れてしまいました。
結局、男性貴族との恋は成就せず、またしても夢と現実の隔たりを感じてどんどん卑屈になっていきました。
この頃から、彼女は狂ったようにお寺参りに行くようになります。幼い頃は、お寺参りの時間すら惜しんで源氏物語を読みふけっていた菅原孝標女。この辺りから、彼女は自分の人生に不信感を抱くようになります。やがて、夫にも先立たれ彼女は抜け殻のようになってしまいした。

『自分の人生は何てつまらないものなんだろう・・』
更級日記が語ること
このような中で、 彼女は自身の半生を 綴ることにしました。それが『更級日記』です。
源氏物語の世界に憧れて理想を掴みかけたにも関わらず、現実の前に打ちのめされた彼女の人生。彼女はそんな人生を、「平凡でつまらない」と評しています。
しかし、本当にそうでしょうか?
確かに、 思い通りに行かなかった部分はありました。夢が叶った部分もあれば、叶わなかった部分もありました。自分では、平凡でつまらない人生だと感じるかもしれません。
でも、彼女は夢と現実の間で揺れる自分と正直に向き合い、更級日記を残しました。彼女にしか書けない、彼女にしか分からない、彼女の個性が詰まった心の揺れを書き残しました。その魅力的な日記が千年経った今も残り、読む者の心を揺さぶり評価され続けています。
つまらない人生だと思いながらも、自分に向き合いながら思い切って想いを綴った更級日記。そこには菅原孝標女が体験した、とっても素敵で魅力的な人生が詰め込まれているのです。
更級日記とは言い換えれば作者の『自分史』です。自分の人生なんて・・・自分には魅力がない・・・自分ではそう感じていても、 第三者から見れば決してそうではありません。自分のことは自分ではわからないものなのです。
あなたの仕事も人生も、自分では気付けない素敵な魅力が詰め込まれている。そう信じて、毎日を楽しく過ごして頂ければと想います。
【主な参考文献】