独眼竜 伊達政宗の意外な性格!眼帯に秘められた遺言と魅力とは?

ご来訪ありがとうございます。

拓麻呂です。

戦国時代でも特に人気の高い武将『伊達政宗』。

独眼竜の異名でも知られ、その人気に比例するように抜群の知名度を持つ人物でもあります。

豊臣秀吉や徳川家康らにも一目置かれ、奇抜なエピソードも残る政宗は、一見すると度胸のある豪快な人物と捉えられがちです。

しかし、政宗の逸話をつぶさに見ていくと、それは彼の持つ一つの側面に過ぎないことが分かってきます。

決して、ワイルドなだけではなかった伊達政宗の意外な一面。

彼の持っていたコンプレックスを知り、より大きな独眼竜の魅力に気づいて頂ければ幸いです。

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伊達政宗の意外な性格

政宗の外見

伊達政宗と言えば、右目に眼帯をしている姿をイメージする方も多いのではないでしょうか?

これは、渡辺謙さん主演のNHK大河ドラマ『独眼竜 政宗』の影響も大きいかと思いますが、何しろ片目が見えなかったというのは揺るぎない事実です。

これは先天性のものではないことが分かっています。

幼少の頃に疱瘡という病を患い右目の視力を失いました。

もともとは両目が見えていた幼い政宗にとって、突然片目が見えなくなった恐怖は計り知れないものだったのでしょう。

見えなくなった右目は白濁し(飛び出ていたとも)、醜い容貌となった自身の姿を嫌い、どんどん卑屈になっていったと伝わっています。

一説には、卑屈になりすぎた政宗を見かね、家臣の『片倉小十郎(片倉景綱)』が、政宗をとっ捕まえて目玉を切り取ってしまったというエピソードも残っています。

なかなかの修羅場ではありますが、この一件以降、政宗と小十郎は主従を超えた絆で結ばれたとも言われています。

この逸話の真偽はさて置くとして、政宗が自身の右目に対し、コンプレックスに感じていたことは確かです。

その証拠に、現在残されている政宗の肖像画には、両目を見開いた状態で描かれいるものがあります。

これは、政宗が『自分の絵を描く時は両目を入れてほしい』と希望していた(遺言とも)からと言われています。

政宗のイメージ

政宗にしてみれば、どうしても右目をコンプレックスに感じており、自分の嫌いな部分のひとつだったのです。

ワイルドなイメージのある政宗にも、そういった卑屈な部分があったのです。

ところが、現代人が政宗のイメージって、隻眼で眼帯をしている姿が頭に浮かびます。

もはや、政宗の象徴と言っても良いくらいです。

そして『政宗は眼帯をしているからカッコイイ!』と感じている方も多いのではないでしょうか?

むしろ眼帯があるからこそ、その個性が引き立っています。

本人としてはコンプレックスでしかなかった潰れた右目。

しかし現代では、その右目が政宗の最大のトレードマークであり、大きな魅力になっているのです。

自分では気付けないあなたの魅力

政宗自身はコンプレックスだった見えない右目。

しかし、その右目が政宗の象徴になっている現実。

人間誰しも自身のコンプレックスってあると思います。

自身の顔に対すること、体型に関すること、性格的なこと。

それぞれが持っているコンプレックス。

しかし、そのコンプレックスは自身でそう思っているだけで、実際は大きな魅力なのではないでしょうか?

あるいは、受け取り方次第で魅力に変わる、素敵な個性なのではないでしょうか?

確かに政宗は豪快であり、秀吉や家康といった時の権力者からも警戒されたり、一目置かれたりする存在でした。

しかし、それは政宗のひとつの側面に過ぎません。

人間の性格なんて、必ずしも一つの方向性で括れるものではありません。

ワイルドで肝が据わったイメージのある政宗ですら、コンプレックスを抱えそれを隠そうとしたり、ウジウジしたりする側面がありました。

自分の魅力は自分では気付けない。

自分でコンプレックスに感じていることは、とても素敵なあなたの個性。

そんな魅力を、ぜひ受け入れて大切にしてほしいなと想います。

政宗の右目からは、そんな教訓を得ることが出来るのではないでしょうか。


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