戦国時代ランキング!上司にしたくない戦国武将ベスト3

戦国武将ランキング

ご来訪ありがとうございます。

拓麻呂です。

 

日本全国が戦乱の世となった戦国時代。

中央政府が機能しなくなった為、この時代には全国各地で魅力的な人物が誕生し、多くの人物が戦場に散っていきました。

 

今回は、そんな戦国時代を駆け抜けた武将たちの中でも、僕個人が上司にしたくないと感じる武将をランキングにしてみたいと思います。

 

 

※今回ご紹介するランキングは個人的な見解になります。また、武将の評価には様々な見方があります。また、今回取り上げる武将のファンの方には不快に感じる部分があるかもしれません。ご理解の上お読みいただけると幸いです

 

 

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戦国時代ランキング!上司にしたくない戦国武将ベスト3

3位 一条兼定

3位は、この人『一条兼定(いちじょう かねさだ)』です。

出典:Wikipediaより

 

あまり有名な武将ではありませんが、出自が物凄い人で、遡ると平安時代中期に摂関政治で絶大な権力を誇った『藤原道長』を祖先に持ちます。

いわゆる藤原北家(ふじわらほっけ)出身の格式高い家柄の人です。

 

歴史に詳しい方でしたら『一条』という氏は、公家の最高位である五摂家のひとつだとお分かりになるかもしれませんね。

 

そんな家格の高い一条家でしたが、応仁の乱から逃れる為、領地のあった土佐(高知県)に避難してきます。

そして、そのまま土佐で戦国大名化し、兼定の代で長宗我部元親に滅ぼされました。

 

兼定は自領の農民の娘である『雪』という女性に恋してしまい、政務を顧みず毎日『雪』の元へ通っていたと言います。

雪の為に、屋敷を与えたりするほどの執着ぶりだったとか。

 

公家の最高位の家柄である兼定と、普通の農民の娘との恋愛は、相当な話題であったと思われます。

 

しかし、政治そっちのけで女性に溺れた姿を見るに見かねた家臣は、兼定に諫言しますが、兼定はその家臣を処刑してしまいました。

 

その後、兼定は土佐から追放されています。

 

内部から崩壊し始めた一条家は、長宗我部からの外圧にも耐えかね、四万十川の戦いで敗れ、名門一条家は滅びることになりました。

 

この逸話が事実だとすれば、やはり兼定が上司であったなら、頼りないことこの上なしではないでしょうか。

現代風に言い換えれば、社長が女性に夢中になりすぎて会社が倒産したようなものです。

 

なお兼定の先祖には、学者として『日本無双の才人』と評された、『一条兼良(いちじょう かねら、かねよし)』がいます。

 

 

2位 上杉謙信

2位は毘沙門天の化身こと『上杉謙信』です。

出典:Wikipediaより

 

とにかく戦に強くて、好きな方も多いと思われる謙信ですが、ある種、合戦を芸術作品のように捉えていた節があります。

 

戦の前は毘沙門堂に籠って、戦略を練り戦場に臨んでいた謙信。

練り上げた戦略を披露する場として、関東に出兵していたような印象を受けます。

 

義を重んじた武将として知られる謙信ですが、見方を変えると権威に執着する武将でもあったと言えます。

 

室町幕府13代将軍への謁見や、10万近い軍勢で北条氏の小田原城を包囲したデモンストレーション、鶴ケ丘八幡宮でも関東管領就任式なども、その表れと言えるでしょう。

 

自らの戦略披露の為に戦場に臨んだ、ある種の戦争芸術家である謙信。

自らの権威の為に、デモンストレーションを行った謙信。

 

戦場に駆り出された兵たちにしてみれば、ちょいと迷惑な話かなと感じます。

 

ちなみに、謙信が戦上手であったことに意義はありません。

誰が最強か?という議論はここでは展開しませんが、最強クラスの一角であることは間違いないでしょう。

 

謙信は軍略家としては超一流な人物だったと思っています。

 

 

1位 大友宗麟

1位はこの人です。

出典:Wikipediaより

 

豊後の戦国大名『大友宗麟』です。

 

豊後を中心に一定の領地を築き、島津家、龍造寺家と並び、九州三国志の一角を担った大大名でもある大友家ですが、宗麟の時代に衰退してしまいます。

 

宗麟と言えば、キリシタン大名としても有名です。

そして、九州全土をキリシタン王国にしようとしていたことでも知られています。

 

宗麟はキリシタン王国を作り上げる為、神社仏閣など旧来の宗教施設の徹底破壊も行いました。

その結果、反乱なども発生しますが、いつの時代も新しいことをやろうとしすぎると、反対勢力が現れるものです。

 

これは、僕個人の価値観でもありますが、旧来のものを意識的に刷新しようとする行為は、あまり好きではありません。

革命の為の革命とでも言いましょうか。

 

不要なものは自然と淘汰され、残るべきものは残る。

そういうものだと思ってます。

 

宗麟の場合、自らの理想の為に意図的に旧来の神社仏閣を破壊しました。

これが民衆の為とかであれば、まだ良かったのですが、あくまで宗麟自身がキリシタン王国を作りたかったから、というのが主な動機です。

 

これは、下の意見を取り入れないで、自分の為に権力を行使していく典型的な上司像ではないかと思います。

下の意見に引っ張られすぎるのもダメですが、宗麟の場合、決断する方向性が家臣のやお家の為でなく、自身の理想の為だったところが、いただけませんでした。

 

一方で、キリシタンに傾倒した結果、国崩しなどの凄まじい兵器も手に入れていますが、やはり上司にしたくない1位は、大友宗麟ということになってしまいました・・・。

 

 

まとめ

以上、上司にしたくない戦国武将ベスト3でした。

 

1位 大友宗麟

2位 上杉謙信

3位 一条兼定

 

きっと戦国ファンそれぞれの想いもあることと思います。

 

『上司にしたくない戦国武将』

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では、今回はこの辺で!

ありがとうございました。