古事記が語る大国主(オオクニヌシ)の国譲り神話とは史実なのか?

日本神話

大国主(オオクニヌシ)が作り上げた日本の国土を、天照大御神(アマテラス)が横取りしたかのように見える『国譲り神話』。古事記に書かれていることだけを見れば、アマテラスの非情な強奪劇とも捉えられるエピソードです。

 

  • そんな『国譲り神話』が物語っているものとは一体なんなのか?
  • 『国譲り神話』とは果たして史実だったのか?
  • 『国譲り神話』に秘められた真実とは?

 

今回は、日本の成り立ちを考える上で非常に重要な『出雲の国譲り神話』に迫ります。

※以後、煩雑さを避ける為、神様の名前はカタカナで表記します。

 

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国譲りの概要

まずは『出雲の国譲り神話』の概要を簡単に見ていくことにしましょう。

因幡の白兎を助けたり、兄貴たちの疎まれ何度もハメられたり、スサノオ(アマテラスの弟)の試練を何とか切り抜けてきたオオクニヌシ。

 

オオクニヌシはスクナビコナ(蛾の神様)と共に日本の国土(地上世界)を作り上げました。

 

しかし・・

 

高天原(天上世界)のアマテラスは、

 

アマテラス
アマテラス

地上世界は私の子孫がが治める国です

 

として、地上に神様を派遣します。

 

が、遣わされた神様たちは、オオクニヌシの娘と結婚し、オオクニヌシに取り込まれてしまいました。

アマテラスは偵察で鳥を向かわせたりもしましたが、ことごとく失敗しました。

 

その後、『タケミカヅチ』という剛腕の神様らを遣わしました。

最初はオオクニヌシの息子たちが抵抗しましたが、対抗しきれずにオオクニヌシは地上世界をアマテラスに譲ることを決意します。

 

こうして、オオクニヌシを高天原に届くような壮大な宮殿に祀ることを条件として、アマテラスに国を譲ったのです。

かなり簡略化していますが、これが『国譲り神話』の概要です。

 

史実を反映した国譲り神話

では、これより国譲り神話が史実を反映したものである可能性に迫っていきます。

 

軽く結論を言うと、オオクニヌシとは古代日本の出雲に実在していた大勢力のトップであったと思われます。

つまり国譲りとは、オオクニヌシの率いる勢力が、アマテラスの率いる勢力に屈服した物語だと考えられます。

 

そのことを前提とし、ひとつひとつ見ていきましょう。

 

出雲大社の参拝方法

国譲り神話の最後でオオクニヌシが祀られた場所は、現在でも縁結びの神様として有名な島根県の『出雲大社』です。

この出雲大社の参拝方法ですが、一般的な神社の参拝方法と少し違うのをご存じでしょうか?

 

普通、神社の参拝方法とは『ニ礼二拍手一礼』ですよね。

2回頭を下げて、2回パンパンと手を鳴らし、最後にもう一度頭を下げる。

これが一般的な神社の参拝方法です。

 

ですが、出雲大社は『ニ礼四拍手一礼』です。

2回頭を下げて、4回パンパンパンパンと手を鳴らし、最後にもう一度頭を下げる。

これが出雲大社の参拝方法です。

 

日本の最高神とされるアマテラス系に連なる二拍手の参拝方法とは異なる、出雲大社の参拝方法。

出雲には、アマテラスとは異なる独自の信仰があった可能性を感じますよね。

 

出雲で出土した大量の銅剣

出雲大社の近くには『荒神谷遺跡(こうじんだにいせき)』という古代遺跡が存在します。

 

この遺跡からは358本もの、大量の銅剣が出土しており、この数一か所から出土した銅剣の本数としては過去最大。その他にも銅鐸や銅鉾などもたくさん出土しています。

 

これは、古代日本に強大な出雲国家が実在していた決定的な根拠と言えますよね。

その強大な出雲国家を統治していたのがオオクニヌシだと考えられます。

 

神無月と神在月

『神無月(かんなづき)』『神在月(かみありづき)』をご存知でしょうか?

ここにも、出雲にまつわる面白い伝承があります。

 

『神無月』とは旧暦の10月のことで、全国にいる八百万の神(やおよろずのかみ)が、1年に一度、一か所に集い会議をする月と言われています。

 

つまり、神様が出雲に集まってしまうので、各地に神様がいなくなってしまう月。なので『神無月』と言うのです。

 

ですが、出雲だけは旧暦10月にも神様が集まっています。ゆえに『神無』ではなく『神在』。

なので、出雲では旧暦10月を『神在月』と呼びます。

 

神様が集う出雲だけが『神の無い月』ではなく『神の在る月』なのです。

 

これには諸説あり、出雲国家の根拠とまでは言えませんが、出雲に神々が集まるという伝承は、オオクニヌシが偉大な存在であったことを物語る、ひとつの面白い伝承なのかなとも思います。

 

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古事記に国譲り神話が記されている理由

以上が、国譲り神話が何かしらの史実を反映していると考える理由です。

しかし、ここでひとつの疑問が残ります。

 

日本の最高神であるアマテラスが、オオクニヌシの国を強奪するようなエピソードがなぜ古事記に記されているのか?という点です。

 

普通に考えれば、アマテラスは最高神なのだから、高貴な存在である必要があるはずで、人の国をぶんどったエピソードなんて、アマテラスの評価を落とすだけですよね。

 

ですが、この神話が語られていること自体、国譲りが史実を反映したものである最大の理由なのではないでしょうか?

 

オオクニヌシの出雲国家と、アマテラスの統治する国家では、おそらく信仰している宗教が違っていたと思われます。

その両国家間で何かしらの衝突があり、結果的にアマテラスに吸収されたのでしょう。

 

オオクニヌシの治める国家と、アマテラスの治める国家が融和した物語。

それが『国譲り神話』だと考えられます。

 

ここで注意して欲しいことが1点あります。

オオクニヌシの出雲国家は、アマテラスたちに征服された訳ではないという事です。

 

まず、弥生人は半島からの渡来人とされる場合があり、国譲り神話は縄文人が弥生人に駆逐された物語だとする見解があります。

しかし、昨今のDNA解析で弥生人と縄文人に差異は認められないそうです。

 

縄文人と弥生人では骨格が違うことが確認されていますが、これに関しても弥生時代に稲作が伝わり食文化が豊かになったために、体格が良くなっただけだったようです。

確かに、現代と戦前を比べると100年も経っていないのに、食が豊かになったことで日本人の身長はだいぶ大きくなっていますよね。

 

また、縄文と弥生では土器の変化などが見られ、文化の入れ替えがあったから、やはり縄文人が渡来人に滅ぼされたのでは?とも言われています。

ですが、明治維新を思い浮かべると、日本は近代化によってかなり西洋文化が広まりましたが、日本人が西洋人に滅ぼされてはいませんよね。

 

さらにもうひとつ、縄文から弥生への転換期の遺跡から出た遺骨には外傷がなく、戦争の痕跡が見られません。

また、オオクニヌシを高天原まで届くような壮大な出雲大社を造営し、お祀りしたことからも、オオクニヌシを尊ぶ意思が見て取れます。

 

古事記とは、日本の成り立ちを後世に伝える為に記された歴史書です。全国各地で伝承されていた神話をひとつの体系にまとめたものが日本神話です。

 

史実であったからこそ、オオクニヌシの国家とアマテラスの国家の両方が納得できる神話を後世にきちんと伝える為、あえてアマテラスの強奪事件のような国譲り神話を、古事記は採用しているのだと考えます。

 

古事記の内容が、全てが史実と見るのは危険ですが、その中にも一部の史実を暗示した伝承が隠されているではないでしょうか。

 

出雲の国譲りまとめ

以上、出雲の国譲りについてでした。

 

  • 出雲大社は参拝方法が違う
  • 荒神谷遺跡から大量の銅剣が出土している
  • 出雲には神在月がある

といったことから、出雲には独立した国家が存在していた可能性が高く、

出雲の国譲り神話とは、オオクニヌシの治める国家が、アマテラスの治める国家に融和的に吸収された物語で、なにかしらの史実を物語っている可能性がある、

と言えるのではないでしょうか?

 

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