枕草子 三三段『説教の講師は』の見所を簡単解説!あえて本音を記事にする!

ご来訪ありがとうございます。

『清少納言に恋した男』拓麻呂でございます。

世界最古のエッセイと言われる『枕草子』。作者の清少納言はこのエッセイの中で、1000年前の様々な事柄を取り扱っています。

この枕草子の中で清少納言は、思わず本音をこぼしてしまう事があります。枕草子は本音を語ることで現代まで読み継がれ、そして『面白い記事とは何ぞや』という事を教えてくれます。

今回はそんな清少納言の本音を、垣間見ることにしましょう。

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平安時代のブログから学ぶこと

お坊さんはイケメンが良い

清少納言は枕草子で、お坊さんの説法を聞いている時の心境を語っています。

僕なりに現代風に言い換えてみると、こんな感じです。

お坊さんはイケメンがいい。

説教するお坊さんがイケメンなら顔ジッと見つめ、話の内容も頭に入ってくるし、ありがたみが伝わてくるから。

よそ見をしていると、どんなにありがたい説法でも右から左へ流れてしまう。

だからタイプじゃないお坊さんの説法は、ちっとも頭に入らない。

このような事では不謹慎と思われ、バチが当たるんじゃないかとちょっと心配。

でも、こんな事はわざわざ書くことじゃないよね。

こんな事は若い人が思うことで、私はもういい歳した大人なんだから。

おおよそ以上のような内容です。

あえて本音を記事にする

この記事から教えられることは二つ。

まずは、やはり共感です。現代でも通用する内容に、フムフムと頷きながら読み進めることができます。

そしてもうひとつ。

あえて不謹慎な本音を記事にしていることです。

この当時、『仏様の教えは実にありがたい』というのが一般的な考え方です。お坊さんの説法は真摯に受け止めることが当たり前とされていた時代です。(現代でもそうですけど・・・)

ところが清少納言はイケメンのお坊さんじゃないと、聞く耳持たないと言っているのです。お坊さんのありがたい説法を聞いている時に、一人の男性として見ちゃってるんです。

平安時代においては、非常に不謹慎な発言と言えるでしょう。

今でも、一般常識から外れた考えを主張すると批判の的になります。あるいは、おかしいと思っていても周囲の圧力などにより、自身の本音を語れないことも少なくありません。

繰り返しになりますが、平安時代は説法にありがたみを感じなければ非常識なんです。

ここからは想像ですが、もしかしたら清少納言のように『説教はつまらない』とか『かっこいいお坊さんはいないかな?』といった思いで、説法を聞いていた女性も結構いたのではないでしょうか?

ところが、当時の常識からしたら非難を受けることは必至。よって、あえて口に出す人は少なかった、あるはいなかったのでは?と考えられます。

しかし、清少納言は枕草子に本音を書いてしまったのです。現代でも逆説的な考えって興味を引きますよね。世間の常識や一般論は、やっぱり面白くないんです。

あえて常識から外れた内容、もしくは本音を書くから面白いんです。

案外当時の人々も、この記事を読んで共感していたのかもしれませんね。

建前は置いといて本音で書かれているからこそ、枕草子は現代人も楽しむ事が出来るのです。これは現代のブログにも使えるテクニックと言えるのではないでしょうか。

※参考:枕草子 三三段『説教の講師は』より

~現代の常識は歴史の非常識~

歴史上の出来事や人物の行動を見る時に、現代の常識は必ずしも通用しません。常識というものは、当時の環境や時代背景によって変化し続けるものです。

現代の常識が通用する部分としない部分があることを念頭に置き、歴史を楽しむ事が非常に重要です。

もっと枕草子の世界を覗いてみたい方は、こちらからお好みの記事をご覧ください。

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では、今回はこの辺で!ありがとうございました。


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