橘則光(たちばなののりみつ)
は、平安時代の中期に活躍した男性貴族です。
さほど有名な人物ではないのですが、枕草子の作者 清少納言と深い関わりを持つ人物であり、枕草子にも面白いキャラクターで登場しています。また、武勇に優れた人物としても知られており、非常に興味深い人物なのです。
この記事では、そんな橘則光の人物像やエピソードを紹介しつつ、清少納言との関係や枕草子での登場シーンなどをご紹介していきます。
橘則光と清少納言の関係
橘則光と清少納言は夫婦の関係
でした。明確な結婚時期はよくわかっていないのですが、天元4年(981年)頃、橘則光17歳、清少納言16歳の頃と見られています。翌天元5年(982年)には、長男の則長を授かりました。
ところが、結婚から約10年後の正暦2年(991年)に離婚してしまいました。離婚の理由は性格の不一致だったと見られています。橘則光は体育会系だったのに対し、清少納言はインテリ系、根本的に思考が違っていたのです。
ただし、不仲になって別れたわけではないので、離婚後も仲が良かったらしく、しばらくは交流があったようです。そんな橘則光と清少納言の関係も、とある事件がきっかけで完全に終わりを迎えてしまいました。その事件を「ワカメ事件」といい、枕草子に詳細が綴られています。
↓ワカメ事件の詳細はぜひコチラの記事をご覧になってみてください。↓
橘則光の豪快エピソード
橘則光の人物像を示す興味深いエピソードが、「今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)」という平安時代末期に成立した説話集に集録されているのでご紹介します。
そのままだとちょっと長いので、要約し言葉も簡略化して、内容をわかりやすく伝えることを重視してお伝えしますね。
今は昔、橘則光という男がいました。橘氏は代々学問を得意とする家柄だったのですが、則光は剛力無双の男でしかも美男子、周りから一目置かれる存在でした。
そんな則光が若かりし頃、夜中に宿直所を抜け出して少年一人を従え、太刀を一振だけ帯び、女性のところへ出かたことがありました。その道中、暗がりの中に何人かの人影が見えたのです。
則光はこっそりとその場を通り過ぎようとしたのですが、姿を見られてしまった則光は人影に呼び止められてしまいます。則光は無視して通り過ぎようとしましたが、なんと人影が則光に向かって走り寄ってきたのです。則光は素早く身をかがめて様子を見てみると、人影の持つ太刀がキラリと光りました。人影の正体は盗賊だったのです。
盗賊は太刀を振りかぶり則光に襲い掛かってきます。則光は体をひねって太刀をかわすと、盗賊は勢い余ってつんのめり、則光の目の前で体制を崩しました。この隙を逃さず則光は太刀を振り下ろし、盗賊の頭を真っ二つにかち割ったのです。
すると、今度は新手の盗賊が則光に襲い掛かってきます。則光は太刀を抜いたまま逃走しましたが盗賊の足が速く追いつかれそうになった則光は、いきなりその場にしゃがみ込みました。すると盗賊は則光の体に躓いて転倒。則光はすかさず太刀を振り下ろし、またしても盗賊の頭をかち割りました。
その直後、さらに新手の盗賊が「小癪なやつめ!」と叫びながら則光に襲い掛かってきます。則光は太刀を体の前に突き出して構えると、そのままの体制で襲い来る盗賊の方に向き直りました。すると、走り込んできた盗賊は自分から則光の太刀に突き刺さったのです。太刀は盗賊の体を貫通していました。
則光は太刀を引き抜き、周囲の様子を確認した後、走って宮中に駆け込みます。則光が身を潜めていると、出かける時に一緒にいた少年が泣きながら歩いていたので、則光が少年を呼び寄せると、少年が駆け寄ってきました。
則光の着物には血が付いていたので、少年が持ってきた新しい着物に着替えると、則光はそのまま宿直所に戻り横になりました。
以上が今昔物語集に集録された橘則光の武勇伝です。盗賊が一人ずつ襲い掛かってくるあたりは、現代の時代劇でもありそうな展開ですね。
ともかくも、このエピソードを見る限り、橘則光は3人の盗賊を一人で斬り伏せるような剣術に優れた豪傑だったんですね。
枕草子での登場シーン
今昔物語集では、武勇に優れた人物として描かれていた橘則光。ところが、元妻の清少納言が書いた枕草子では打って変わって、ちょっと鈍感で無邪気な三枚目として登場しています。
枕草子の中で橘則光が登場する章段は全部で3つ。(章段数は角川ソフィア文庫「新版 枕草子」に準じています)
- 七八段「頭の中将のすずろなるそら言を聞きて」
- 八〇段「里にまかでたるに」
- 一二八段「二月、官の司に」
七八段「頭の中将のすずろなるそら言を聞きて」では、宮中で清少納言の良い噂を聞きつけて、元夫婦としてとても喜んでいる様子が描かれています。その喜びを伝えるために、わざわざ清少納言のところにやってきているくらいなので、かなり嬉しかったのでしょう。
このように、七八段「頭の中将のすずろなるそら言を聞きて」では、無邪気な一面をのぞかせているのです。
八〇段「里にまかでたるに」では、前述の通り「ワカメ事件」の顛末が語られる章段です。
ワカメ事件の内容を簡単に説明すると、清少納言と約束した秘密をある貴族に追求された橘則光が思わず笑ってしまいそうになった際、目の前にあったワカメを口いっぱいに詰め込んで難局を乗り切ったというエピソードです。しかし、ちょっとしたことがキッカケで清少納言に呆れられてしまい、二人の関係が終わってしまうのです。
なお、枕草子の中で橘則光が最も目立っているのが八〇段「里にまかでたるに」で、かなりコミカルな則光の人物像を感じられる章段となっています。
一二八段「二月、官の司に」に関しては、会話の中で橘則光の名前が出てくるだけです。
枕草子に登場する橘則光は、おおよそ以上のような感じなのですが、枕草子では無邪気でコミカルな男になっており、今昔物語集とかなり違う印象で描かれています。
また、枕草子の橘則光は「和歌が嫌いな体育会系キャラ」になっており、かなり脳筋扱いをされているのです。
橘則光の人物像
今昔物語集と枕草子を読む限り、橘則光は「武勇に優れた豪傑」だったのは間違いないのでしょう。ただし、枕草子では加えて「無邪気な三枚目」のような印象が付け加えられています。
枕草子の作者は清少納言と橘則光が元夫婦であったことは度々お伝えしてきました。清少納言からしてみれば、夫婦だったからこそ見ることができた橘則光の一面もあったのではないでしょうか?だからこそ、枕草子には橘則光のプライベートなキャラクターが描かれていると考えられます。
枕草子自体が、清少納言が感じたことを思うままに書いたような部分も多いので、等身大の橘則光をありのままに書いていた可能性も十分にあるのではないかと感じます。
橘則光は豪胆で真っすぐな人物であったと同時に、どこか愛嬌のある無邪気な人物でもあったのでしょう。
橘則光まとめ
以上、橘則光と清少納言の関係や人物像でした。
今昔物語集では武勇に優れた人物として紹介され、枕草子では元妻の清少納言から無邪気で三枚目なキャラクターで見られていた橘則光。真っすぐで不器用ながらも、どこか憎めない愛嬌を備えた人物だったのかなと想像してしまいますね。
最後までお読みいただきありがとうございました。
【参考にした主な書籍】