家系図や相関図で織田信長と明智光秀の関係をわかりやすく解説

戦国時代と戦国武将

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拓麻呂です。

 

『織田信長』『明智光秀』

本能寺の変を起こされた信長と、本能寺の変を起こした光秀。

戦国時代でも最も有名な主従関係であろうこの二人は、親戚関係でもありました。

 

信長と光秀の親戚関係、そして織田家中における光秀の立ち位置とは?

家系図と相関図を交えながら、分かりやすくお伝えしていきます。

 

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織田信長と明智光秀

信長と光秀の関係

まずは下記の家系図をご覧ください。

このように、光秀の父親『光綱』と、濃姫(帰蝶)の母親『小見の方』は兄妹の関係です。

つまり、光秀と濃姫は『いとこ』になります。

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そして、光秀のいとこである濃姫の夫が『織田信長』です。

つまり、直接的な血の繋がりこそないものの、光秀と信長は一応親戚関係ということになるのです。

 

今の感覚だと、信長はいとこの女性の旦那ですから、かなり希薄な親戚関係ですね。

 

織田家中での光秀の立場

次に、明智光秀の織田家中でのポジションを確認してみます。

織田家中でも、特に重要な役割を担っていた武将が5人。

『羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)』『柴田勝家』『丹羽長秀』『滝川一益』、そして『明智光秀』です。

 

彼らは、各地を攻略する司令官として活躍していたと言われています。

羽柴秀吉は、中国地方の毛利氏攻略。

柴田勝家は、北陸地方の上杉氏攻略。

丹羽長秀は、四国地方の長宗我部氏攻略。

滝川一益は、関東地方の北条氏攻略。

 

そんな中、光秀は丹波攻略を任されていました。

丹波(たんば)とは、現在の京都府、大阪府、兵庫県が交わるあたりの地域です。

他の重臣たちに比べ、当時の日本の中心地であった京都に非常に近い地域を任されていたことが分かります。

さらに、近江(滋賀県)の坂本城を拠点としていました。

 

一説には、丹波攻略の後に秀吉の援軍に向かうことになったとも言われていますが、ともかくも京に近い地域を担当していることからも、織田家中でもかなり高い地位にあったことが分かります。

これは、信長からの信頼が厚かったことの表れでもあるでしょう。

いわば、織田家中における副社長的なポジションであったと言えるのです。

 

本能寺の変の動機を推測

このように、光秀は京都の近く(丹波攻略)を任されており、さらに近江(滋賀県)の坂本城を拠点としています。

さらには『副社長』のようなポジションなのです。

言い換えるならば、信長に取って代われるくらいの立場にいた人物なのです。

 

現代でも、社内の重役クラスに軋轢が生じることってありますよね。

重役でなくでも、ずっと側近くで働いていれば、少しずつ不満がたまっていくことだってあります。

 

例えば、最近提唱され始めた『四国攻め回避説』などは、信長の判断で会社の経営方針を180度変更したような事例であり、不満の一端となるに相応しい出来事です。

 

一度や二度の不平不満程度では、変を起こすに至りはしませんが、それが積み重なった上に、自身がトップに手が届くようなポジションにいたとしたら、どう考えるでしょうか。

そのような中で、トップの信長が本能寺で無防備を晒しているという状況です。

 

自分は織田家のNo.2。

信長を倒した後に、自分に味方する人たちも決して少なくないはず。

そういった考えの元、変に及んだ可能性も捨てきれないのではないでしょうか。

ゆえに、変後の対応が後手後手となったうえ、頼みにしていた武将たちが日和見を決め込んでしまったことで計算が狂った、つまり、自身の立場を過信しすぎたという側面が強いように感じます。

 

戦国時代ゆえに、武力による衝突となりましたが、現代で言えば社内のNo.2が勢いに任せて独立したものの、計算が甘くすぐに破綻した、というような状況です。

 

また、注意しておきたいのは、完全な無計画で光秀が変を起こしたわけではないということです。

例えば、ドラマなどの影響で本能寺の変は深夜に決行されたようなイメージがありますが、実は違います。

確かに、本能人変への進軍は夜に行われましたが、襲撃したのは明け方からでした。

つまり、闇夜の襲撃ではなかったのです。

 

本能寺の変の目的は、もちろん織田信長を討ち取ることです。

よくよく考えてみれば、夜に襲撃してしまった場合、信長にしてみれば闇夜に乗じて逃亡しやすくなります。

これでは本末転倒です。

現代でも、文字通り闇に乗じて夜に行方をくらます行為を夜逃げと言いますね。

 

ゆえに光秀は、計画的に時間を調整して本能寺を襲撃しているのです。

 

また、本能寺で信長を自害させた後、すぐさま信長の長男『信忠』が籠っていた二条城にも襲い掛かっています。

そして、本能寺の襲撃からわずか1時間後には、信忠も自害させています。

 

この時、信長はすでに家督を信忠に譲っており、織田家の当主は信忠でした。

そういった意味では、その後の動きを有利に進めるためには、信忠を倒すことが非常に重要だったのです。

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ともかくも、光秀は無計画に本能寺を攻めたわけではなく、目的を完遂するためにやるべきことは、きちんと計画的に実行しているのです。

 

これが、本能寺の変の真実なのではないでしょうか。

 

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まとめ

以上、信長と光秀の関係でした。

 

光秀のいとこである濃姫の夫が『織田信長』なので、直接的な血の繋がりこそないものの、光秀と信長は一応親戚関係ということになるのです。

 

また、光秀は織田家中におけるNo.2、いわば副社長のような存在だったのです。

 

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では、今回はこの辺で!

ありがとうございました。