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『清少納言に恋した男』拓麻呂でございます。
世界最古の女流随筆集『枕草子』を書いた清少納言。
その清少納言がお仕えした女性『中宮定子』
枕草子では、清少納言と定子の輝かしい想い出が随所に散りばめられています。
定子は勝気な清少納言が尊敬する、それはそれは気高く美しい姫君だったようです。
また、定子を后に迎えた『一条天皇』からも非常に愛され、定子逝去後もその愛は冷める事がなかったと伝わっています。
枕草子を読む時は、この定子を知っていると、その楽しさは何倍にも広がります。
では、清少納言と一条天皇に尊敬され愛された『中宮定子』とは、どのような人物だったのでしょうか?
今回は、そんな定子様のプロフィールをお伝えします。
~中宮定子のプロフィール~
では早速、魅力的な女性 中宮定子のことをご紹介します。
【本名】
藤原定子(ふじわらのていし)
※実際には本名と言うより、一条天皇に嫁ぐ前の名前。日本史上最も栄えた一族『藤原氏』のご出身です。
【呼称】中宮(ちゅうぐう)
※元々『中宮』は、皇后の住んでいる所の意味で、いつの間にか皇后自身の事を指す言葉に転化していった。そして中宮とは本来、皇后、皇后の母(皇太后)、皇后の祖母(太皇太后)の総称。中宮と皇后は同じ意味だと思って差し支えありません。
※枕草子原文では定子の事を『宮』と書いている。で、現代語訳を見てみると『中宮』と訳されていることが多い。
【生年】貞元2年(西暦977年)
【没年】長保2年(西暦1000年) ※享年24
【職業】一条天皇の中宮(奥様)、後に皇后
【活動拠点】京都(平安京)
【家族構成】
父:藤原道隆(ふじわらのみちたか)
※美男子でプレイボーイ。
※道隆一族のことを『中関白家(なかのかんぱくけ)』と言います。
母:高階貴子(たかしなのきし)
※女性でありながら漢詩に精通し、身分の差を超えて道隆のハートを掴んで離さなかった。
なお、枕草子に記される定子の華やかさは、この両親の性格や教養が強く影響しています。
兄:伊周(これちか)
弟:隆家(たかいえ)、隆円(りゅうえん)
妹:原子(げんし)、御匣殿(みくしげどの)
※なお定子は長女、原子は次女、御匣殿は四女であり、もう一人三女がいたようですが詳細が不明な為、ここでは割愛しています。
【配偶者】
一条天皇(いちじょうてんのう)※第66代天皇
【子供】
脩子内親王(しゅうしないしんのう)
敦康親王(あつやすしんのう)
媄子内親王(びしないしんのう)
【容姿】
何しろ美しかった、特に手が。※枕草子にそう書いてある。
【性格】
父譲りの明るさがあり、母譲りの博識さを併せ持った明朗闊達な女性。稀に冗談を言うユーモアあふれる女性。
~日本史を代表する後宮サロン~
以上が、中宮定子のおおまかなプロフィールになります。
彼女は、父と母から譲り受けた明るく博識な性格で、周囲の人々から賛美の眼差しで見られていました。
夫である一条天皇、彼女に仕えた清少納言を始めとする女房たち。
周囲の人々を惹き付け、そして慕われ続けた中宮定子様。
そんな彼女をトップとして、彼女の性格に惹かれた清少納言たち女房が、日本史上最も華やかでユーモア溢れる後宮サロンを築き上げたのです。
定子の存在と、枕草子は切っても切り離せない繋がりを持っています。その内容はこちらをご覧ください。
そして、もっと枕草子の世界を覗いてみたい方は、こちらからお好みの記事をご覧ください。
では、今回はこの辺で!ありがとうございました。