会社で働いていると、どうしたって苦手な上司や先輩っていますよね?どうにも相性が合わなくて、変な嫌味を言われたり、明らかに嫌な態度を取られたりとか。そんな上司や先輩を上手く操って、面倒な態度を取られないようにできたら嬉しいですよね。
今からおよそ千年前、職場の先輩から受けた嫌がらせが原因で、約五か月間の引きこもりを経験した女性がいました。
世界最古の女流長編小説と言われる『源氏物語』の作者 紫式部。 現在、源氏物語は世界中で親しまれ、その作者 紫式部は世界で最も有名な日本人女性として、その名を轟かせています。
そんな紫式部は、さぞかし強靭な心の持ち主であったかと思われるかもしれませんが、実際は全くの真逆。職場の人間関係に疲れ果て、引きこもりの経験をした心の弱い女性だったのです。
源氏物語と言う長編小説を書き上げた紫式部は、なぜ引きこもってしまったのか?
そして、彼女が現場に復帰した、とっておきの秘策とは?
そんな処世術を、私がお伝えいたします。
職場での傷心、そして引きこもりへ・・
紫式部の本業って何だかご存知ですか?源氏物語を書いたくらいですから、一見、物書きなのかなというイメージがありますが、実は違うのです。
紫式部は小説家ではなく、『女房』と言われる職に就いており、宮廷で働いていました。これを「宮仕え」と言います。今風に言うと小説の執筆は副業みたいなものでした。
そして、宮仕えを始める前から趣味で書いていた源氏物語が世間で評判になり、大きなスポンサーが付いた結果、後世に残るような超大作になりました。
この源氏物語の影響で、紫式部は有名になってしまい、宮廷に無理やり引っ張り出されるような格好で宮廷出仕を始めることになりました。また、直前に夫(藤原宣孝)を亡くしており、その悲しみを紛らわすためという理由も重なりました。
とは言え、紫式部本人は宮廷出仕に抵抗があったとされています。しかしながら、父親(藤原為時)や周囲の斡旋もあって嫌々宮廷へ赴くことになりました。
気乗りしません・・・
このように、本心とは裏腹に宮廷に上がることになった紫式部。嫌々ではあったものの、ともかくも宮仕えが始まりました。しかし、出社して間もなく周囲から酷い仕打ちを受けることになります。
先輩の反応が冷たい・・と言うか・・無視されている・・??たまに話かけられたと思ったら、とんでもない嫌味を言われる・・。これは一体??
紫式部は出仕早々、職場で総スカンを食らいました。
このような事態になってしまった原因・・・それが源氏物語でした。
世間で評判の源氏物語の作者 紫式部。この源氏物語が一定の知名度を誇っていたことが、裏目に出たのです。
『こんな評判の物語を書く女は、きっとインテリで教養をひけらかす嫌な性格に違いない・・』
ただ趣味で書いていただけの源氏物語の影響で、紫式部は勝手にマイナスイメージを持たれてしまったのです。
意図せず悪い印象を持たれてしまった紫式部は、なんとか状況を打開しようと『仲良くしていただけないでしょうか?』という内容の手紙を先輩たちに送ったりしましたが、全く返事は返ってきませんでした。
元々乗り気でなかった宮廷出仕・・さらに追い打ちをかけるように、人間関係でも嫌な思いをした紫式部は、ある日突然、仕事をほっぽり出して、実家に帰ってしまいました。
もう宮廷になんか行きたくない・・・
こうして、紫式部の引きこもり生活が始まったのです。
秘策!すっとぼけ大作戦
実家に帰って引きこもった紫式部は、再び源氏物語の執筆に励んでいました。その期間、五か月あまり。
夢中で大好きな物語の執筆に取り組んだ彼女は、ある日突然、宮廷に姿を現しました。しかし、ただ戻っただけでは再び嫌な思いをするのは目に見えています。そこで紫式部はある秘策を引っ提げて、宮廷に舞い戻ってきたのです。
しかし、久しぶりに出社したとはいえ、紫式部に対する風当たりは、やっぱり以前と変わりません。先輩たちは、彼女を無視し、嫌味を言ってきました。その時、紫式部の秘策が発動しました。
は~、そうなんですか~・・・へ~、そうなんですね~・・・
先輩たちの嫌味に対し、えらく間の抜けた返事をする紫式部。
実際には教養があり頭の良かった紫式部ですが、あえて真逆のおバカキャラを演じ始めたのです。さらには、感じの『一』すら書けないなどと言って、徹底して愚か者を演じました。ちょっとやりすぎかと思うほどの『すっとぼけ大作戦』。この紫式部の反応に、先輩女房たちは目を丸くして呆気にとられてしまいまいた。
『この人・・こんなキャラだったっけ??』
秘技「すっとぼけ作戦」が功を奏し、紫式部の印象は変わり始めます。
『この人・・意外と天然で親しみやすいかもしれない・・・・』
あえてバカなフリをして、周囲の印象をガラリと変えた紫式部。 彼女の『すっとぼけ作戦』は、彼女の宮廷でのポジションを確立する秘策中の秘策だったのです。
現代でも通用する『すっとぼけ大作戦』
このように、辛かった宮廷出仕を『すっとぼけ作戦』で乗り切った紫式部。
現代社会でも、職場の人間関係に悩む方も多いと想います。特に上司や先輩に対する対応の仕方は本当に面倒だと感じる方も多いのではないでしょうか?そんな時は、紫式部のようにある程度割り切ってしまうことも重要なのではなのかもしれません。
この「すっとぼけ大作戦」ですが、僕も会社員時代に使ったことがあります。入社した時や、部署が異動になった時とか。そんな時の、最初の印象づくりには、かなり使えます。
どんな組織に属する時もそうですが、最初の印象はとても大事です。源氏物語の影響で、初っ端から警戒されていた紫式部は、最初から周囲に良い印象を持たれず、最悪の状況に陥りました。
現代の会社組織でも、「仕事はできないけどなぜか憎めない人」、「優れた成績があるわけではないけれど、なぜか上司や先輩に気に入られている人」、そんな社員がいたりしませんか?そういった人は、どこか抜けているところがあったりして、どこか可愛げがあると言うか・・・上司に好かれる処世術を自然と実践しているように感じます。
紫式部は元々友人も多くなく、少々陰のある性格だったことが、自身の日記(紫式部日記)から分かります。引きこもって一人で黙々と源氏物語を書いている時が、一番幸せな時間だったのかもしれません。
そんな紫式部は、現代人と同じように、職場での人間関係に悩み、引きこもり、そして、愚かなフリをして、面倒な人間関係を乗り越えてきました。
そして、千年前の内気で引きこもっていた一人の女性が生み出した名作、それが日本が世界に誇る名作 源氏物語です。
源氏物語を書いている時が一番幸せだった紫式部、とても内気だっただった紫式部。 彼女の人生には、職場の人間関係に悩む内気な現代人にも通用する大きなヒントがあるのではないでしょうか。
後日譚・・・その後の紫式部
最後に、すっとぼけ作戦で人間関係を乗り越えた紫式部の後日談をご紹介します。
おバカキャラで周囲から親しみを感じてもらい、共感を得た紫式部。 とは言え、ずっと「すっとぼけ作戦」を強行していたわけではなく、次第にその才を認められ、宮廷での存在感を強めていきます。
紫式部は『彰子(しょうし)』という、天皇の奥さんに仕えていました。この彰子も、紫式部に対して最初は良い印象を持っていなかったようです。
しかし紫式部は、やがて彰子にも信頼されて、その教養を生かして彰子の教育にも力を発揮していきました。 最初はおバカキャラを演じつつも徐々に周囲に馴染んでき、誠心誠意、彰子の成長を願い、熱心に教育に当たっていた紫式部の姿に、主である彰子も彼女に共感し信頼を強めていきました。
そんなある日、紫式部は彰子から、ある言葉をかけられました。内気で引きこもりで、友人も少なかったであろう紫式部にとって、とっても嬉しい言葉だったに違いありません。紫式部は自身の日記で、その時のことをこう振り返っています。
私は周囲から愚か者と見下されたことを非常に恥じていました。でも、これが私の本性と自分に言い聞かせ努力し続けました。そんな姿を見て彰子様はこうおっしゃったのです。
式部、まさかあなたとこんなにも心を割ってお付き合い出来るとは思ってもみませんでした。私と式部は他の誰よりも、ずっとずっと仲良くなってしまいましたね!
【参考にした主な書籍】