清少納言の枕草子 一七九段「宮に初めてまいりたるころ」
清少納言が初めて宮廷に出仕した時のドタバタ劇が記録されたとても印象深い章段です。
この記事では、そんな「宮に初めてまいりたるころ」から清少納言が初出仕をした時の回想録を中心に、現在の言葉で物語風にしてご紹介しています。
※物語の流れや内容は枕草子に記された通りに進行しますが、わかりやすさを重視するため正確な現代語訳ではなく、適宜言葉の追加や省略、会話や心理描写などで補足しています。
※章段数は角川ソフィア文庫『新版 枕草子』に準じています。
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清少納言、初めての宮仕え
まずはじめに「宮にはじめて参りたる頃」に登場する主な人物(清少納言、中宮定子、藤原伊周)のご紹介です。
主な登場人物
清少納言と定子の出会い
これは中宮さま(定子)にお仕えするため、初めて宮廷にあがった時の思い出です。働き始めたばかりの頃は、恥ずかしくてわからないことばかり、なんて場違いなところへ来てしまったんだと思っていましたね。それはもう涙がこぼれそうなほどでした。
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「中宮定子にお仕えせよ」とお達しがあり、私が宮廷で働くことになったのは秋から冬に切り替わる頃。昼間だと恥ずかしいから夜な夜な中宮様のところへ行き、90センチくらいの几帳(部屋を区切る仕切り)の後ろに隠れ、目立たないようにしていた。私は場違いなところに来てしまったのかもしれない。
すると中宮様が隠れている私に対して語り掛ける。中宮様の手には数枚の絵。
この絵はこうなのですよ、あちらの絵はこういう場面を描いているのですよ。こっちの絵はね・・・
は、は、はい・・・
中宮様は私の緊張をほぐそうと優しく語り掛けてくれている。しかし、私の身体はガッチガチに固まったままで顔をあげることもできない。情けないことに下を向いて頷くばかり・・・。
闇の中に灯した火明りが私の髪が照らし出す。全然キレイじゃない私の髪が中宮様に見られてしまったかもしれない。
は、恥ずかしい・・・中宮様と私とでは身分が違い過ぎる。なんでこんなところに来てしまったんろう・・・。
以前として下を向いたままの私は、この場から立ち去りたい気持ちをグッと抑え、中宮様と一緒に絵を見続けていた。
その時、中宮様の手が袖口からかすかに覗いた。寒さのためかほんのり紅梅色に染まっている。
なんて美しい手なんだろう・・・
その拍子にふっと顔をあげ、私は中宮様のお姿をただただ見つめていた。
こんな高貴でお優しい方が現実にいらっしゃるとは・・・
私のような世間知らずは本当に驚かされるのだった。
定子の優しさ
夜明けが近い。外がわずかに白み始める。結局私は夜通し中宮さまとお話していた。
中宮様に顔を見られるのは恥ずかしすぎる
夜が明けきる前に、何とか自分の部屋に戻りたい。気持ちばかりが焦り、態度に出ていたのかもしれない。そんな私を見かねた中宮様がおっしゃった。
少納言、あなたはすぐに自分の部屋に帰りたがるのですね。もう少しここにいればいいのに・・・。
中宮様はそうおっしゃるものの、相も変わらず私は下を向いて顔を見られないようにしていた。
やがて外もだいぶ明るくなり、中宮様にお仕えする女房たちが格子を上げて部屋に明りを入れようとする。しかし、中宮様が女房たちを制した。
待ちなさい、まだ上げなくても大丈夫です!
中宮様は私の気持ちを汲んでくださったのだ。なんてお優しい方なんだろうと改めて思う。
その後も薄暗い中で中宮様とお話を続けていたら、だいぶ時間が経ってしまった。
そろそろ部屋に戻りますか?でも夜になったらすぐに来なさい。またお話しましょう。
中宮様からの許しが出たので私はそそくさと部屋に戻っていった。私が退出するやいなや、女房たちがいっせいに格子を上げ始めると、まぶしい煌めきが目に飛び込んでくる。
外は一面の雪景色。
目の前に広がる銀世界は、緊張しっぱなしだった私の心を一瞬で柔らかくしてくれたのだった。
将来が不安な清少納言
部屋に戻ってから程なくして、中宮様からお達しがあった。
やっぱり昼間の内に来てください!雪が降っていて薄暗いからあなたの顔も良く見えませんしね!!
えええええええっ
またしても胸を締め付けられるような緊張感に襲われる。
すると傍らにいた古参の先輩女房が私に苦言を呈した。
出仕して間もないのに中宮様からお呼びがかかるなんてとっても光栄なことなのに・・・。中宮様のお気持ちに応えないなんて失礼ですよ!
古参女房に急かされて、何が何だか分からないままに私は中宮様の元へ向かう。その途中、外に目をやると、建物の屋根に雪が積もっていた。なんの変哲もないこの光景が、なんだかとても目新しく思えたのも、新しい環境に私の心が動揺しているからだろうか。
中宮様の元へ参上すると、部屋は炭櫃で温められていた。パチパチと音をたてる炭櫃に方に目をやったが誰もいない。すかさず部屋を見渡すと、中宮様は金銀をあしらった豪華な火桶に向かって座っておられた。その横には上流の女房が控えており、中宮様のお食事のお世話をしている。隣の間には女房たちがびっしりと詰めていてた。
中宮様にお仕えする女房たちの所作は、いかにも馴れた様子でゆったりとしている。手紙を取り次ぐ時もぎこちなさは無く、ちょっとした会話をしながら楽しそうに笑っているのだ。部屋の奥でも3、4人の女房が絵を見ながら楽しそうに会話をしている。
私もこの中に打ち解けられる日がくるのだろうか?いつかは先輩たちのように自然な振る舞いができるようになるのだろうか?
私は未来の自分の姿を頭に思い浮かべてみた。しかし、全く想像できず、さらに委縮して縮こまる始末。
その時、外から大きな声が響いてきた。
道を開けてください!!
!!
何事かと思った瞬間、部屋にいた女房たちがざわつき始めた。
関白様がこちらにいらっしゃるようです!!
のぞき見する清少納言
中宮様のお部屋は急に慌ただしくなり始めた。それもそのはず、あの藤原道隆様が急にここへやってくるのだ。道隆様は中宮様の父、しかも天皇様に次ぐ地位である関白になられたお方。そんな高貴な方がやってくるのだから、急いで部屋を片付けなくてはいけない。女房たちは大慌てで部屋の片付け始めた。
本当だったら私も一緒に片付けなければいけないのだけれど、どさくさに紛れて奥の部屋に隠れていた。
今の内に逃げだそうか・・・
バタバタしているこの状況なら、しれっと部屋に戻ってもバレないかもしれない。そう思う一方で、もうひとつの気持ちが私の心を支配し始める。
せっかくだから拝見してみたい気もする・・・
逃げたいけれど関白様も見てみたい。
どんな高貴な方なんだろう・・・
自分でも不思議な感覚。好奇心を押さえきれなくなった私は、気が付いたら几帳(部屋を区切る仕切り)のスキマから中宮様のお部屋をそっと覗き見していた。
イメージと違った宮廷の雰囲気
私は几帳のスキマから中宮様のお部屋を凝視し続ける。すると、こちらにやってきたのは関白道隆様ではなく、中宮様の兄 伊周(これちか)様だった。伊周様のお召し物は紫色で統一されている。外の真っ白な雪景色に映えてとても美しい。
伊周様は部屋の柱にもたれかかって座り、中宮様ととても知的で教養溢れる会話をしている。中宮様と伊周様の姿はまるで物語の世界がそのまま再現されているかのようで、私までもが物語の世界の住人になったかのような夢見心地だ。
中宮様は白と赤のお召し物、そこにきれいな黒髪がかっている。そのお姿は絵に描いたお姫様そのもので、現実にこのような素敵なお方がいらっしゃるのかと、うっとりしてしまう。
一方の伊周様は、中宮様の女房たちと冗談交じりでお話している。伊周様と話す女房たちも、全く気後れすることもなく言い返したりしていて、聞いていいるだけの私がなぜかハラハラドキドキ。
宮廷はもっと堅苦しいものだとばかり思っていた・・・
想像とは違うこの自由で楽しくて朗らかな空間に、私は呆然としてしまった。
藤原伊周にいじられる清少納言
しばらくすると果物が運ばれてきて、伊周様も中宮様もお召し上がりになる。
すると伊周様が突然おっしゃった。
几帳の後ろに隠れているのは誰だい?新人かい?
ヤバい、バレた!
ああ、あの者はあの清原元輔の娘で、先日から出仕を始めた清少納言という者ですよ
伊周様としゃべっていた女房の誰かが、私を紹介してしまった。
すると伊周様は立ち上がりこちらに向かってくる。
まさか、あの伊周様が私ごときのところに来るわけないだろう。
私は楽観視ししていた。ところが、伊周様は私の目の前で立ち止まり、どっしりと座り話し掛けてきたのだ。
あなたがあの有名な和歌の名人 清原元輔さんの娘さんでしたか!いろいろ噂は聞いているよ、あの話は本当なのかい?
あまりに突然だったので、心の準備も出来ておらず私はただただ狼狽してしまった。さっきまで几帳のスキマから覗いているだけでも夢のようだったのに、今まさに伊周様は私の目の前に座り、しかも私に話かけてくれているのだ。
これは現実か・・・本当は夢なんじゃ・・・やっぱり私には場違いだった・・・
あまりにも恐れ多く、恥ずかしさと緊張で冷や汗が止まらないばかりか、しどろもどろでまでともな受け答えすらできない。手にした扇で必死に顔を隠して、なんとかやりすごそうとした。
その時だった。
!?
私が顔を隠していた扇が、伊周様に取り上げられてしまったのだ。私は髪の毛でなんとか顔を隠そうとしたけれど、私の髪は綺麗ではないし艶もない。そんな私の髪も扇で隠していた顔も、伊周様に見られてしまった。気持ちばかりが焦ってしまい、きっと顔にも表れていたでしょう。
もうダメだ、早くあっちに行ってくださいっ
心の中でそう願っていると、伊周様は私から取り上げた扇を弄びながら、いたずらっぽい笑顔を浮かべている。
この扇に描かれている絵は誰が書いたんだろうね?
私に問いかける伊周様は、一向に立ち去る気配がない。ついに私は袖を顔に押し当てて突っ伏してしまった。汗ばんだ私の顔からは白粉(おしろい)が剥げ、袖に付着していた。
白粉が剥げまだらになった私の顔はどんなに醜くなっているだろう・・
そんな私の体たらくを見ていた中宮様が、伊周様に視線を向ける。
伊周殿、こっちに来てください。この絵は誰が描いたのでしょうか?
中宮様はきっと私を助けようとしてくれたのだ。しかし、伊周様は私の前から離れようとしない。
こちらで拝見しますので持ってきていただけますか??
そう言わずこっちへ来てください!
清少納言が僕を離そうとしないのでそちらに行けないのですよ!
伊周様は有りもしない冗談をおっしゃった。こういった冗談が即座に出てくる伊周様の機転は本当に素晴らしいけれど、私のような身分の者とはつり合いが取れず、本当にいたたまれない気分になってくる。
中宮様は万葉仮名で書かれた草子を取り出し、ご覧になり始めた。その様子を見ていた伊周様がまた冗談を言う。
その仮名は誰が書いたのでしょうか?きっと清少納言ならわかるのでは?彼女なら知っているでしょう!
私に対して精神的圧力をかけてくる伊周様。焦る私を見て楽しんでいるのか、とんでもない冗談ばかり仰るのだった。
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このように、私が宮仕えを始めた頃は本当に恥ずかしいことばかりで、先輩女房たちの自由でのびのびとした立ち居振る舞いにいつも憧れていました。でも、先輩女房たちも最初はみんな緊張していてガチガチだったのでしょう。私も月日が経つにつれ徐々に慣れていき、今に至っています。
「宮にはじめて参りたる頃」まとめ
以上、枕草子「宮にはじめて参りたる頃」に書かれている清少納言の初出仕の場面を小説風にしてご紹介しました。
「気が強い」「サバサバしている」「自慢ばかりする」といった、清少納言の一般的なイメージとはかけ離れた初々しい姿が描かれる非常に貴重な内容です。
当時の貴族女性は基本的に家に引きこもっているうえ、「男性に顔を見られる=結婚」みたいな感覚だったので、公の場である宮廷で働くのは相当なプレッシャーだったのです。
紫式部の「紫式部日記」や菅原孝標女の「更級日記」にも同じようなプレッシャー感が綴られており、清少納言も例外ではありませんでした。
清少納言の意外な一面が垣間見える「宮にはじめて参りたる頃」だけでなく、枕草子には平安時代中期の宮廷の雰囲気をよく伝える章段がたくさんありますので、ぜひご覧になってみてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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