枕草子に登場する人物は約58名。その中には、複数の章段に出てくる人物もいれば、ひとつの章段にしか出てこない人物もいます。
この記事では、そんな枕草子の登場する人物の中から、作者の清少納言に近しい人物を中心に、相関図を交えながらご紹介していきます。
今回ご紹介する人物を覚えた上で枕草子を読んだ方が、理解度もぐっと深まると思いますのでぜひご参照ください。
枕草子に登場する主な人物の相関図
枕草子に登場する人物の中から、清少納言と関わりの深かった人物を取り上げて、相関図を作成しました。
清少納言(せい しょうなごん)
【生年:康保3年(966年)頃/没年:万寿2年(1025年)頃】
枕草子の作者「清少納言」も、もちろん作中に登場しています。枕草子自体、清少納言が実際に体験した出来事、あるいは清少納言自身が思ったことなどが書かれているので、作中で最も重要な人物の一人と言えるのかもしれません。
そんな清少納言の略歴、が枕草子を書いた経緯や、執筆の裏に隠された意外な想いなど、コチラの記事にまとめましたので、ぜひご覧になってみてください。

藤原定子(ふじわら の ていし)
【生年:貞元2年(977年)/没年:長保2年(1001年)】
清少納言とならび、枕草子を読む上で絶対知っておかなければならない人物が、この「藤原定子様」です。一条天皇に嫁いだことから、「中宮定子」や「皇后定子」と呼ばれる場合も多いです。
登場する章段も非常に多いだけでなく、枕草子の執筆動機にも大きく関わる人物ですので、定子様のことも知っておくことを是非ともおすすめいたします。こちらの記事にて、定子様の略歴などをまとめてありますので、ぜひご覧になってみてください。

藤原道隆(ふじわら の みちたか)
【生年:天暦7年(953年)/没年:長徳元年(995年)】
定子様の父で当時の宮廷で絶大な権力を誇っていたのが「藤原道隆」です。枕草子では、道隆が亡くなった後の出来事も多く書かれているため、作中では「故殿」という呼称でも登場します。
そんな藤原道隆は枕草子でどのように描かれているのか?また、どんな人物像だったのかなどを、コチラに詳しくまとめてありますので、ぜひご覧になって観てください。

藤原伊周(ふじわら の これちか)
【生年:天延2年(974年)/没年:寛弘7年(1010年)】
定子様の兄にあたる人物が「藤原伊周」です。枕草子によると爽やかな男前だったようです。ただし、枕草子以外の記録では、「お坊ちゃま育ちの微妙な2代目」的な人物として描かれていたりもします・・・。
父 藤原道隆が亡くなった後、関白の座をかけて叔父の藤原道長と争いますが、その政争に敗れてしまい京都から追放(長徳の変)されてしまいました。

藤原隆家(ふじわら の たかいえ)
【生年:天元2年(979年)/没年:寛徳元年(1044年)】
定子様や藤原伊周の弟が「藤原隆家」です。優雅な雰囲気がイメージされがちな平安時代の貴族社会にありながら、武勇に優れた人物として知られる豪傑でした。
そんな藤原隆家の若かりし頃の姿が枕草子に描かれています。

なお藤原隆家は「刀伊の入寇」という日本の国難を救った英雄でもあります。
藤原原子(ふじわら の げんし)
【生年:天元3年(980年)頃/没年:長保4年(1002年)】
中宮定子様の妹にあたる「藤原原子」。枕草子では「淑景舎(しげいしゃ)」や「中の姫君」という呼称で登場します。
枕草子の描写から察するに、定子様からも認められるような美しい女性だったようです。そんな藤原原子については、コチラの記事で詳しく解説しています。
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隆円(りゅうえん)
【生年:天元3年(980年)/没年:長和4年(1015年)】
伊周、定子、隆家の弟にあたる人物です。「隆円」という名前は出家した後の法名で、実名はわかっていません。
枕草子では「僧都の君(そうずのきみ)」という名で登場しており、やや三枚目なキャラクターで登場しています。
御匣殿(みくしげどの)
【生年:不詳/没年:長保4年(1002年)】
藤原道隆の四女です。「御匣殿(みくしげどの)」という聞きなれない名前ですが、この名は彼女が「御匣殿別当」という役職に就いていたことからそう呼ばれており、実名はわかっていません。
枕草子では、清少納言が御匣殿の部屋に呼ばれてそのまま寝ていたり(しかも翌朝寝坊している)、あるいは御匣殿の部屋にいた時の面白エピソードなどが描かれているため、清少納言と御匣殿はかなり仲が良かった印象があります。
橘則光(たちばな の のりみつ)
【生年:康保2年(965年)/没年:不詳】
清少納言の初婚の相手。ですが、性格の違いが原因で後に離婚しています。とは言え、離婚後も仲は良かったようなのですが・・・とある事件がキッカケとなり、橘則光と清少納言は疎遠になってしったのです。
枕草子の則光はお笑い担当のようなキャラクターで描かれており、愛嬌があり憎めない人物となっています。
そんな橘則光に関してはコチラの記事で詳しく触れていますので、ぜひご覧になってみてください。

宰相の君(さいしょうのきみ)
【生年:不詳/没年:不詳】
中納言の君ち同じく位の高い女房(上臈女房)だった人物です。
枕草子では、字がキレイで教養に優れた女性として描かれていおり、その優れた教養は藤原斉信にも絶賛されています。
中納言の君(ちゅうなごんのきみ)
【生年:不詳/没年:不詳】
「中納言の君」定子様に仕える女房の中では立場が上の人物(上臈女房)であったらしく、清少納言からすると上司のような存在だったと思われます。
なのですが枕草子では、いじられキャラみたいになっており、その姿や態度を清少納言や他の女房たちからコソコソと笑われている描写が見られます。立場は上だったものの、親しみやすい人物だったかもしれません。
そんな中納言の君が、どんなことで笑われていたのか、そして上司としてのしっかりした一面などもコチラの記事にまとめてありますので、ぜひご覧になってみてください。

小兵衛(こひょうえ)
【生年:不詳/没年:不詳】
清少納言と同じく定子様にお仕えしていた女房の一人。
枕草子では、恥ずかしがって恋文に返歌できない初々しい姿が描かれる一方で、宮廷に入り込んだ浮浪者のモノマネをしている姿も描かれるなど、筆者的にはかなり面白みのある人物だと感じています。
作中の描写から察するに、清少納言よりも年下の若手女房の一人だったのでしょう。
そんな小兵衛の枕草子の登場シーンは、コチラで詳しく解説しています。

藤原斉信(ふじわら の ただのぶ)
【生年:康保4年(967年)/没年:長元8年(1035年)】
平安時代中期の貴族で、一条朝の『四納言』の一人に数えられる人物です。
藤原斉信は、和歌や漢詩に精通した人物で、同じく漢詩に詳しかった清少納言とは、お互いを認め合う間柄でした。
枕草子では『頭中将(とうのちゅうじょう)』という呼称で登場。藤原斉信と清少納言の教養の応酬を描いた『草の庵を誰か尋ねむ』の逸話は枕草子の中でも特に有名な章段となっています。
藤原行成(ふじわら の ゆきなり)
【生年:天禄3年(972年)/没年:万寿4年(1028年)】
平安時代中期の貴で、一条朝の『四納言』の一人。とても達筆だったことで知られ、『三跡』の一人に名を連ねています。
枕草子の中では、清少納言との親密な関係が描かれており、考えようによっては恋仲だった印象も感じられます。
ちなみに作中には、藤原行成が清少納言の容姿を表現しているのではないかと言われる記述が存在します。この記述を元に、清少納言の顔を復元したみた記事があるので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。

源経房(みなもと の つねふさ)
【生年:安和2年(969年)/没年:治安3年(1023年)】
平安時代中期の貴族で、枕草子を世間に広めた人物。源経房が清少納言の家を訪れた際に、たまたま枕草子を発見し、そのまま持ち去ってしまったと言われています。
なので、源経房が枕草子を持ち出さなかったら、現代に伝わることもなかったのかもしれません。
なお、清少納言は宮廷生活から退き里帰りしていた時期があるのですが、その時に清少納言の居場所を知っていた数少ない人物が源経房や橘則光でした。この事実から、清少納言と源経房は非常に親しい間柄であったと思われます。
個性的な登場人物たち
以上、枕草子の登場人物の中から、清少納言と特に関わりの深い人物を中心にご紹介しました。
冒頭でもお伝えした通り、枕草子には約58名もの人物が登場します。その中から筆者の主観で登場人物を選ばせていただきました。今回ご紹介した人物を覚えた上で枕草子を読んだ方が理解度もぐっと深まると思います。
これまら枕草子に触れてみたいと言う方は、本記事で紹介した人物に着目しながら読んで頂ければ幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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